お知らせ
孔子の「恕」(じょ)を科学で紐解くのが「恕学」(じょがく)です
「恕学」は商標登録された新しい学びです
仮定・前提条件
・この世に完全無欠の人間はいない
・生まれながらに悪に染まった人間もいない
だから、足りない部分を補えあえば良いし、支え合えばよいと思う
意見が食い違うのも止むを得ないこと。
このことを受け入れれば、対立は『支え合うためのプロセス』だと考えることができる。
より良い状態を作るためには道理にあった『議論』が必要なのだ。
議論を闘わせるのではなく、違った考えや意見を同じテーブルの上に並べて、だれが言ったかではなく、ひとつひとつ検証してみることができたら、少しずつ先にすすめるのではないだろうか
「恕」の心を論理的手法を使い紐解いていく
「恕」じょ ゆるす
「自分を受け入れる」「相手を受け入れる」
「お互いに想いを馳せ合う」「相手の身になる」
「論理的手法」
①物事を複雑にしないで、シンプルにできる
皆にわかりやすく示せる
②思い込みはないか検証できる
③因果関係が成り立っているか検証できる
④果たして、本当にその事象が存在しているのか検証できる
⑤「みんな」とか「必ず」と言うのは、本当に100%のことなのか検証できる
いろいろな科学的紐解き方が考えられる
その一つに
恕学アカデミーでは、イスラエルの物理学者ゴールド・ラット博士の考えを取り入れている
礼儀正しい会議
相手の身になる話し合い
しかし「相手の身になる」は難しい
孔子の弟子はたずねました
「愚かな私どもは、先生のようにたくさんのことを身につけることはできません。なにかひとつ一生涯を通してなすべき教えはなんですか?」と
孔子は応えました
「それは恕ではないだろうか・・・」
たったひとつ
ところがこのひとつが一番難しい
なぜなら相手は自分ではないからだ
また自分だとしても
果たして本当に自分でさえ自分をわかっているのだろうか・・・
一生かけてもできないかもしれない・・・
しかし、気にかけながら生きることは大きな意味があると感じます
相手をゆるす 受け入れる
これもむずかしい
しかし、受け入れようと努力するだけでも世界はかわる
そう 私は信じて 祖母から教えられたこの概念を